池田信夫氏の内田樹氏に対する意見について

内田樹先生がブログに「最低賃金制の廃止について」と題した記事をお書きになった。その中に、下記のような文が含まれていた。

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橋下市長は「最低賃金のルールがあると、あと2,3人雇えるのに1人しか雇えなくなる。安く働けということではなく、賃金はできるだけ出して雇用も生んでもらう」と30日の記者会見で述べた。
市長はたぶん四則計算ができるはずだから、1人当たり時給800円のルールを廃止して、それで3人雇うということは、1人当たり時給267円になるということはわかると思う。

-----------内田樹の研究室「最低賃金制の廃止について」より

それに対し、池田信夫氏が次のように反論した。

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内田氏は小学生レベルの算数もできないらしい。「あと2,3人雇えるのに1人しか雇えなくなる」という言葉を、勝手に「1人分の賃金で3人雇う」と解釈しているが、もちろん橋下氏のいっているのはそういう意味ではない。たとえば従業員100人の工場で800円×100人の賃金原資は8万円/時。ここで80000/103=776円に賃下げすれば、あと3人雇うことができる。最賃を廃止するというのはそういうことだ。

-----------池田信夫 blog「内田樹氏の知らない最低賃金制度」より

元発言者である橋下氏は、そもそもいったいどのような意図で「あと2,3人雇えるのに1人しか雇えなくなる」と言ったのか。その解釈は、おそらく池田氏の解釈が正しく、内田先生は橋下氏の発言意図を、その意味では誤解したのだと思う。

「たとえば一人当たりの賃金800円では100人しか雇えないところ、それを776円にすれば、同じ予算で103人雇うことができるではないか」と、橋下氏はたぶん、そういう意図で言った。

なるほど。

では、お尋ねするが、なぜ、800円の賃金の人を賃下げしなければならないのか。たとえば、もっとずっと高い賃金を得ているあなた、およびその同僚、100人の賃金を、それぞれたった24円だけ下げれば、合計で2400円だから、それでも800円×3人の雇用を生むことはできるではないか。

それともあれか。あなたがたは、自分たちの賃金を24円下げるのは嫌だが、800円の最低賃金(強調するが「最低」賃金である)で雇われている(or雇われようとしている)100人の人は、プラス3人の雇用を確保するために自分の賃金を24円ぐらい下げることには易々と同意してくれるであろうと、そう言いたいのか。

雇用を確保するために、誰かが「割を食う」ことが、仮にしかたがないことだとしても、「最低賃金」労働者にその割を食わせることは、とても正しいとは思えない。

「最低賃金」というのは憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」に基づいて定められている、厳粛なものである。この定めは、国民を不当な搾取から守るセイフティネットの役割を担っているのであって、軽々にないがしろにして良い性質のものではない。

不当に安い賃金で人を働かせてはならない、という、当たり前のことを制度化したのが「最低賃金制度」である。最低賃金を無くしたほうが雇用が生まれるというのは、最低賃金以下で人を働かせたい人たちのエゴに過ぎない。

雇用を生むには、現在増加しつつある「富の分配の偏り」を是正する必要がある。それはそうだろう。「既得権益」を崩していかなければならない。そうですか。

しかし、「最低賃金」の労働者は、文字通り「最低」の賃金で働いているのであって、かれらは「富の分配」や「既得権益」から最も遠いところにいる人達である。そこを削ろうというのは、いくらなんでも話の筋目が通らない。

最低賃金の撤廃を望む者たちの狙いは、ますます富の偏りを増やし、貧富の差を拡大し、自分たちが低賃金労働者から搾取することである、ということは、内田先生がご指摘になった通りである。

以上、池田信夫氏のブログがあまりに悪質に思えたので、反論を書いておく次第である。

なお、池田氏は同じ文の中で、最低賃金とは無関係な雇用環境がいくらでもあるかのような物言いをしているが、最低賃金が守られていない雇用があるとすれば、それらはすべて、違法である。「委託契約」なら最低賃金は関係ない、みたいに書いているが、それは違う。「委託契約」の場合には、最低賃金を守っていなくても「バレにくい」、と言わなければならない。そういう状態を、さも当たり前であるかのような言い方をするとは、ひどいとは思わないか。

*念のため付け加えておくが、雇用主からの強制力が無いような、自分の意志で自発的に行なう仕事に対する報酬は、最低賃金を下回ることがあってもかまわない。たとえばボランティア活動は違法ではない。

カテゴリー: 社会