「再/生」in京都

今回の京都は、小屋入りが月曜日で、初日が金曜。初日前の4日間は、もちろんリハーサル期間でもあるのだが、同時に、現地のKAIKAバージョンを「作る」ためのワークショップ期間でもある。だから4日間というのは決して長いとは言えない。

この4日間、(例によって)舞台美術は二転三転、試行錯誤が繰り返された。このように舞台美術が決まらない内は、照明も決して確定させてはならない。

三日目の夜、KAIKAバージョンの初めて通し。最初舞台がかなり暗いところから、だんだん明るくなっていく、という演出なのだが、明るくなった時に「フラットすぎ」というダメ出しを受ける。僕もやりながら、なんだか前明かりとフロントLEDがどうにも役割がかぶっているように感じる。

四日目、なんだか予感があって、みんなより少し早く小屋入り。ふと、フロントのLEDをサイドに持ってくる案を思いつく。つけてみると、なかなか良さそうだ。

その日の午後、デスロック版のゲネ。LEDは効率よく舞台を染めつつ、高い照度を与えてくれる。実に良い。これだ! ついに出来た。これが、今回の「正しいプラン」である。横浜では最後まで納得がいく明かりが出来なかったが、ここ京都で、初めて自分でもしっくりくる「再/生」の照明プランが出来たと言える。ゲネの進行中に明かりを決め、サブマスターに記憶していく。

その夜、KAIKA版の2回目の通し。こちらも、初日の前に通すのはこれが最後なので、事実上はゲネみたいなもんである。昨日のダメ出しを受け、フラットにならないように注意しながら明かりを作り、サブマスターに記憶していく。ところが、終盤になって、舞台の裏のほうから何やら異音がする。チェックしに行った舞台監督が僕の所に走ってくる。「ブレーカーから音が鳴ってます」。えー。反射的にグランドマスターを少し絞る。音が少し小さくなった。ゲネ中だが、僕も卓を離れて舞台裏に見に行く。たしかにブレーカーが異音を発している。チリチリという感じの、やかんでお湯をわかして沸騰直前に鳴るような音だ。ブレーカーに接続されている幹線に触ってみる。特に熱くはない。ということは、さほど危険はないと思われる。

フル点灯を避けつつゲネを終え、状態をチェック。どうやら大きな容量をしばらくかけ続けると音がしはじめるようだ。劇場の人に「照明ではなく電気工事の領域なので、電気屋さんに相談すると良い。ブレーカーを交換すればすぐに直るはず」とアドバイス。

翌日、デスロック版の初日の朝。携帯が鳴る。「50アンペアのブレーカーなのだが、その容量を超える負荷をかけたことが原因」というのが電気屋さんの判定だそうだ。え、50A? 主幹は75Aじゃなかったっけ? 聞いてみると、ユニット主幹の75Aのブレーカーの前に、50Aの主幹がかんでいるという。なんだよそれ、一時側に容量の小さいブレーカーがあるなんて、反則じゃんか。ああでもそういえば、舞台裏で異音を発していたブレーカーにはたしかに「50A」て書いてあったかも。結局、このブレーカーを75Aのものに交換してもらうということで決着した。その報告を受けている時、気になることを言われた「卓が、エラー表示になって、照明がつかない状態になってます」

早めに劇場に行ってみると、確かに卓の表示に「CHASE MEMORY ERROR」の文字。「Press QUIT to Continue」と出ているので、QUITボタンを押すと、表示が一行進んでまた別の「○○ MEMORY ERROR」。10回ぐらいQUITを押し続けていくと、やっと卓が起動した状態になった。チャンネルフェーダーを上げてみると、つく。正常に機能しているようだ。サブマスターを上げると、あれ? 昨日記憶したシーンがつかない。MEMORYボタンを押してみると、「FREE 100.0%」の表示。100%フリーということは、メモリを全く使用していない、つまり、記憶が全部消去されたことを意味する。小屋入り時の説明では「十数年間一度も記憶が消えたことはありません」とのことだった。つまり、十数年間一度も起きなかったことが、今、起きたということである。こういう時のために、普通はバックアップをとっておくものだが、「十数年間一度も」というのを信用して、バックアップは取っていなかった、というか、バックアップの方法を教わっていなかった。

当初、劇場側の説明では、サブマスター等の記憶は、本体内部ではなく、背面に差し込まれたメモリーカードに記憶される、という説明だった。しかし、劇場側のその説明は誤っていることがわかった。メモリーカードはあくまで外部メディアであり、本体メモリをメモリーカードにコピーすることでバックアップは可能なのである。それをやっていれば、メモリー喪失もさほど大きな問題にはならずに済んだはずだ。「差し込んだメモリーカードにサブマスター情報が記憶される」という説明を最初聞いたとき、「変な話だな」とは思ったのである。もうちょっとその説明を疑うべきだった。

しかし今さらそんなことを言ってもしかたないので、メモリーの打ち直しである。しかし、卓のワイドモードがうまく使えなくなってしまった。通常は24ch二段の卓なのだが、ワイドモードにすることで48ch一段として使えるはずなのだが、ワイドモードにしても25以降の出力が出ない。卓が壊れてしまったようだ。ワイドモードが使えないとすると、出力24chでどうにかしないといけない。Doctor-MXを接続しているので、24chで本番を行うことも不可能ではないが、データの作り直し作業が難航することが予想される。

その時、劇場側から朗報が入る。近所に全く同一の卓が備えられた場所があるそうで、そこから卓を借りてくることができるという。

新しい卓は一時間ほどで来た。早速セッティングし、ワイドモードに切り替えると...あれ、この卓でも25ch以降が出ない。うーん。その時、はたと気がついた。「パッチだ」。卓をリセットすると、パッチは一対一にリセットされる。その後、ワイドモードに切り替えると、チャンネル的には48chになるのだが、ディマー出力数は24chのままのようなのだ。ワイドモードに切り替えた後、パッチ画面に入り、「1:1」を選択。すると、25ch以降が出力されるようになった。変な設計だ。すると、さっき壊れたと思った卓も、実は壊れてなかったのか。

検証してみるために、もう一度初号機のスイッチを入れてみる。また「ERROR」。QUITを押し続けて起動。ワイドモードに切り替えた後、パッチ画面で「1:1」選択。はたして、25ch以降が正常に出た。その部分は壊れていなかったのだ。しかし、スイッチを入れ直すたびにERRORが出て、そのたびにメモリが空っぽになっちゃうような卓は、危なっかしくて本番で使う気にはなれない。

借りてきた卓でメモリを打ち直す。デスロック版だけなのでキューは20ほど。開演までまだ3時間はあるので、時間は十分だ。実際には1時間以内に打ち終えた。軽くテクニカルリハーサルもやって、その夜は無事にデスロック版の初日を開けることができた。データは「SAVE to Card」でメモリーカードにきちんとバックアップ。考えてみりゃ、背面に差し込んだメモリーカードにデータが勝手に蓄積されるなんてこと、設計する側の常識を考えれば、あるわけが無いのである。なお、この借りている卓は今日だけ借りているので、明日、新しい卓(3台目の卓)に差し替えになるそうだ。新しい卓が来たら、メモリーカードからデータをロードすれば良い。

その夜、翌日のKAIKA版初日に向けて舞台転換がされ、30分ほど時間が出来たので、KAIKA版の最初のほうのキューも仮にざっと打ち込むことが出来た。

翌日(土曜日)。KAIKA版の初日である。昨晩の内に最初のほうのキューは打ち込んであるので、今日はその明かりを俳優と合わせて見ての検証と、続けて中盤以降の打ち込みをする。本番前に稽古をするので、それに合わせて打ち込み作業を進めれば余裕で間に合う。

ブースに上がってみると、なんと調光卓が無い。どして? 聞いてみると、昨日借りて使った卓は返さないといけないので返却し、しかし、新しく来る卓が届いてないとのこと。午前中に届くように手配されているはずなのだが、まだ届かないという。今は12時。今日はKAIKA版のデータ打ち込みの続きをやろうと思っていたのだが、卓が無くてはそれもできない。昨日まで打ち込んだデータは、手元のメモリーカードに保存さているから、どのタイミングで卓が入れ替わっても、ほとんど無駄なく打ち込み作業を続けることができるのだが、卓本体が無い、というのは想定してなかった。今日のKAIKA版初日の開場は16:10。まあ13時ぐらいまでに卓が届けば、間に合うだろう。

しかし、13時を過ぎても卓は届かない。舞台監督が口を開く「衛星(劇団)の卓は、あるんですよね」「はい、楽屋に置いてあります」。そうだ、スイッチを入れるたびにERRORを出す、あの初号機があるんだった。起動時の不調はあるものの、いったん起動すれば、おそらく問題なく使える。時間的にはもうこれ以上待てないので、今日は初号機を使うことを決断。卓をセッティングし、スイッチをON。やはりERRORが出る。QUITを押し続けて起動。起動が完了したらワイドモードに切り替え、そしてパッチ画面で「1:1」を選択。これで打ち込み作業を継続できる。打ち込みは14時半ごろに終了。いっぽう、宅配業者と連絡が取れて、今日の午前中に来るはずだった新しい卓の動向がわかった。どうやら間もなくこちらに到着するらしい。

初号機でこのまま行くか、新しい卓が来たら入れ替えるか。どちらでもかまわないが、初号機は電源を入れ直すたびにメモリが空になるという欠陥がある。もし時間的な余裕があれば、新しい卓に入れ替えた方が安全性が高いことは間違いない。いずれにしても、到着時刻次第だ。

新しい卓は15時過ぎに来た。開場まで1時間ほどある。入れ替えることにした。これで、延べ4台の卓をとっかえひっかえセッティングしたことになる。新しい卓のスイッチを入れて、ワイドモードに切り替え。あれ、パッチの「1:1」をやり直さなくても25ch以降が出力されてる。なるほど、新しいファームウェアでは問題が改善されている、ということか。

16時半からのKAIKAバージョンも無事に初日が開く。

ところで、初号機の不具合についてだが、スイッチを入れ直すたびに状態がおかしくなり、いったん起動を完了するとあとは正常に機能する、というこの症状。他の卓でも見たことがある。おそらく原因は、「内蔵バックアップ電池の消耗」である。たしかに十数年に一回ぐらいしか出会わない不具合だ。僕にとってはこれが二度目。

ブレーカーが異音を発するというのは、僕は初めての経験だった。

プロダクション内では、今回は照明トラブルがひどく続いたという印象があるようだが、冷静に考えれば、ブレーカーの容量が小さかったということと、卓の内蔵電池が消耗してた、という2点だけで、それら自体はいずれもたいしたトラブルではない。しかし、小さなトラブルでも、それが未体験のものだと、実際以上に大きなトラブルに見えてしまう、という好例であった。勉強になったね。


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