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電球が切れたら誰のせい?

舞台照明の話題
2000.5.13

舞台照明で使われる光源は原則として電球である。普通、一般家屋やオフィスでは照明の光源として蛍光灯が多く使われているが、舞台の場合、電気のコントロールによりつけたり消したり、あるいはフェードインしたりフェードアウトしたりということが必要なので、技術的な理由により電球が使われる。皆さんもご存じの通り、電球の寿命は蛍光灯に比べると非常に短い。カタログによると、製品によって違いはあるものの、電球の寿命はおよそ500〜1000時間である。どんな電球でも500〜1000時間点灯すれば必ず「切れる」。電球がいつかは切れるというのは、人間がいつか死ぬというのと同じぐらい確実なことである。その上、電球が切れる時は大抵の場合、予兆なく突然切れる。こんなものを光源として使っているのだから、考えようによってはずいぶんと危なっかしい話である。この不可避の危険に対し、照明家はどのように立ち向かうべきだろうか。青年団の場合について考えてみよう。

ご存じない方のために最初に補足しておくが、青年団の照明は変化が無く、全ライトが開演から終演までつきっぱなしである。青年団の公演はどの演目でも上演時間が約90分、前後の観客入退場時間が30分ぐらいだから、一回の本番につき、約2時間照明がついているということになる。さて、では一回の本番の上演中に電球が切れる確率はどれくらいなのだろうか。まず電球一個の場合について考えてみよう。非常におおざっぱな計算だが、

寿命500時間の電球だとすると、それを2時間点灯するわけだから、切れる確率は2/500

である。実際の公演時はライトは低めの電圧(50〜70ボルト)で点灯するので、切れる確率を低めに見て、1/500ということにしよう。ライト1台だけの舞台照明で青年団の公演を行う場合、一回の本番中にそれが切れてしまう確率は、1/500である。この場合、ライトが1台しかないから、もしもそれが切れてしまったら舞台照明はゼロになってしまい、公演が成立しない。つまり、1/500の確率で上演中止、ということになる。

ライト1台ではあまりに現実味がないので、20台の場合を考えてみよう。

1台の切れる確率が1/500とすると、 20台の内の少なくとも一台が切れる確率は、 近似的に20×1/500(一次の近似式)、すなわち1/25

である。1台の場合にくらべ、ずいぶんと危険になってしまった。しかし、ライトが20台あれば、その内の1台が切れたぐらいでは公演中止にはならない。では、電球切れは何台まで許容できるか。青年団の場合、おおむね全ライトの10%ぐらいが限界ラインだと思う。つまり、20台の照明なら2台ぐらいは切れてもまぁ良しとしてもいいと思う。それ以上切れてしまうと、上演中止にはならなくても、照明のデザイン的にかなりガタが来る。

20台の内の2台が切れる確率は、近似的に1/25の二乗、つまり1/625

である。

全ライトの10%ぐらいが限界ラインと述べたが、ライトの中には重要なものとそれほど重要でないものがあるので、上記のような平坦な計算はできないのではないか? 普通なら確かにその通りだが、青年団の場合はライトによる優劣の差が少なくなるように作ってある。青年団の照明では通常40〜80台ぐらいのライトを使用するが、その中のどの1台が切れても本番には全く支障がない。だからといって、そのライトを省略できるわけではない。青年団の場合、舞台照明全体の役割を、各ライトが何十分の一かずつ分担することで構成されているのである。無意味なライトは1台もないが、逆に必要不可欠な(その1台が切れると全体がだめになってしまうような)ライトも1台もない、というわけである。

先ほど、20台の内2台が切れる確率は1/625という計算をした。つまり、20台で照明を作った場合、それが電球切れで「だめ」になる確率は1/625、ということである。ある公演が10ステージ(本番10回)だったとすると、その公演期間中に「だめになる確率」は1/62.5 である。こうして見てくると、ある公演の照明が電球切れによってだめになる確率、を計算する式が作成できる。

だめ率=ステージ数×(使用台数×1/500)^(使用台数/10)

では、この「だめになる確率」をいくつ以下に押さえれば良いだろうか。この算出は難しい。発想を変えて、「10年に一回ぐらいはそういうことがあってもやむを得ない」という考え方はどうだろう。青年団の年間ステージ数が50とすると、10年で500ステージ、だから「だめ率」が1/500以下なら合格、ということにしよう。分数を使っているとうっとうしいので、「だめ率」に5000を乗じた数を危険度と名付け、危険度が10以下なら合格、ということにする。

危険度=5000×ステージ数×(使用台数×1/500)^(使用台数/10)
これが10以下なら合格

上述の、20台で10ステージという例の場合、危険度を計算すると80となり、不合格である。

過去の公演のいくつかについて「危険度」を計算してみた。数字を羅列しても面白くないだろうから省略するが、最近の公演ではその値はどれも、0.5とか1.7とか、かなり低い値になった。ただ、毎年春に行っている(本稿執筆時点)富山県利賀村の公演の場合、機材数や電源容量に制限があるため相対的に危険度が高くなる傾向がある。例えば今年(2000年)で言うと、その値は4.3だった。この時の公演は4ステージだった。仮にだが、この公演がもし10ステージあったとしたら、危険度は10.8となり、不合格となるプランであった。

不測の事態が起きても舞台に影響しない照明プランを、私は「強いプラン」と呼んでいる。この場合の「強い」とは、強力だとか怪力とかいう意味合いではなく、耐久性がある、というニュアンスである。私は、会場条件が許す限り、できるだけ強いプランを書くように努めている。

こんなことを考えながら照明を作る私は、神経質に過ぎるだろうか。自分ではそうは思っていないのだが。

私の結論:電球が切れること自体については照明家に責任はない。しかし電球が切れたことで舞台がダメージを受けた場合、その責任は照明家にある。



岩城 保(Tamotsu Iwaki)
iwaki@letre.co.jp