つれづれなる日々

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2006年9月の日々

喪服の女


09/30/2006(土)

きょうも昼夜逆転中。いえの人に一緒に昼食を食べに行こうと誘われたけど、まだぜんぜん目がさめなくて、1人で行ってもらった。

午後は、新しい翻訳の仕事をしたり、きょうアマゾンから届いた本を読んだり。本は、『とりぱん』第2巻と『目黒雑録2』。金井美恵子、おもしろい。

夕食はいえの人と近所の友だちと3人で。ビールを飲んだので眠くなっちゃって、いえの人の荷造り(明日から旅公演)を手伝うと言っていたのにぜんぜん手伝わないじゃった。

そして夜中過ぎから元気になって遊んだり仕事したりして、いまに至る。午前6時43分。


09/29/2006(金)

引き続き、昼夜逆転中。ゴミを出してから就寝。

普段おもにコンタクトで、メガネは十何年前に作ったものがあるにはあるんだけど、度数が合っていないしかけているとずり落ちてくるしで、ほとんど使っていない。家で仕事してるときもコンタクト入れてるわけだけど(裸眼だと何も見えないからね)、最近手元の細かい字が見えにくいときがあるので(はい、老眼です)、メガネを作ることにした。パソコン、ケータイの画面を見たり、本を読んだり、TVを見たり用。きのう注文して、すぐできるということだったんだけどそんなに急ぐ必要もなかったので、きょうの午後取りに行く段取りにした。かけてみると、近くも見やすいし、TVを見るのにも問題ない。遠くも裸眼よりはいくらかよく見える。フレームが常に視界に入るのと鼻に物が乗ってる感じがどれだけうっとうしいかはしばらくしてみないとわからないけれど、いまのところなかなかいい感じ。


09/28/2006(木)

とある劇団のウェブサイトに「終演後にポストパフォーマンスを予定。」というような記載があった。終演後に別のパフォーマンスやるの?ってつっこんだら意地悪でしょうね。「ポストパフォーマンストーク」のことだと思います。終演後に、その作品を作った人たちとか見た演劇人とかが、いま上演された作品について観客の前で話をする。

それ、「アフタートーク」でいいじゃん、と私は思っている。和製英語を使わず正しくポストパフォーマンストークと言いましょう、という意見を見たことがあるけど、英語の「post-performance talk」に比べて、日本語の「ポストパフォーマンストーク」は長すぎるよ(両方言って比べてごらん)。発音だってずいぶんちがうし。長すぎるせいで冒頭に挙げたような「ポストパフォーマンス」という短縮形が生まれちゃうとしたら、そっちのほうが私はイヤだな。パフォーマンスじゃなくてトークなんだし(ダブルブッキング→ブッキング、メーリングリスト→メーリング、ワークショップ→ワーク、という類の省略のしかた、私は好きじゃない。省略だって知らない人には意味がわからないから)。

でもなー、アフタートークという言い方はキモチワルイと言う人の気持ちも、わからないこともない。こういうのは理屈じゃなく感覚なんで、それにはどういう音を聞いて育ったかとかそういうのも大いに関係あるから、論理だけでは話を進められないと思う。ただ私は「ポストパフォーマンストーク」が正しくて「アフタートーク」はマチガイというふうには思わないし、短くてわかりやすい「アフタートーク」という用語がどちらかというと好きです。正しい英語じゃない、という理由でこの便利な言葉がいま疎外されはじめているような気がするので、そう思っていない人もいるよ、とここに表明しました。


09/27/2006(水)
注意:渡辺源四郎商店『背中から四十分』の内容に触れています。

渡辺源四郎商店『背中から四十分』観劇。出掛ける直前にちょっとばたばたしてしまって、ギリギリの電車になったらそれが遅れて乗り換えが間に合わなくなっちゃって、ほとんど開演と同時に劇場へ。息があがっちゃってるんだけど、静かな劇場内でぜいぜいはぁはぁするわけにもいかなくて、しばらく苦しかった。劇場には余裕を持っていくべきですね、ホントに。

『背中から四十分』を見るのは、私は2度め。前回は麻布 die pratze だった。今回、青年団の山内健司が出演していて、お互い大学生の頃から知っている人なんだけど、立派なオヤジになっていて、なんだか感動した。若い頃からの知り合い(鏡の中の自分も含め。)を見る目には若い頃の残像みたいなのがどうしても混ざって、実際よりも若く思い込んでしまいがちなんだと思う。それが本日、非常に客観的にほぼ実年齢の舞台上の山内を、見た。あぁ、私たち、こういう歳なんだね。こういう歳になったんだね。そういう感慨。

感想はというと、いい話だしいい演技だったけど、きょうの私は、脚本の構成だとか、台詞の組み立てだとか、そっちのほうにばかり気を取られていた(戯曲の翻訳だとかなんだとかをやっていて、書き手のようなキモチになっているのかもしれない)。とはいえ、森内さんの、不幸でかわいそげなのにマッサージの「決め」のところでは惜しげもなくひょっとこのような顔になるところとか、山内が指をぐーに握った片腕を目に当てるとことか、好きなシーンがいっぱいあった。


09/26/2006(火)
注意:鈴木大介作『World's end』のネタバレがあります。

けさ起きて、あれれ?もしかしてあれは完全に「夢落ち」じゃないの?と気づく。きのう見た『World's end』のこと。シェルターの中で起きることが、外部で起きたことに対応してるじゃないの。アタッシェケースのナンバーロックとアラーム解除の暗証番号入力、目覚まし時計とアラーム音。現実で起きたことが形を変えて夢に出てくる。まさにそういう関係じゃん?

観劇した時点では、夢についての言及が多いな、もしかして夢だということを示唆してるの?くらいに思っていたんだけど、これはけっこう明確にそうなんだな、と、一夜明けて、思い至った次第。

今度引き受けるかもしれない英語の仕事のサンプルを見る。できるかな。できそうだな。引き受けるか。


09/25/2006(月)

3時間睡眠でベッドから身体をひっぺがすようにして起き、朦朧としたまま出掛ける(まぁ、行きさえすればなんとかなる的な用事だったので)。こういう日に限って電車で座れず。用事を済ませて、帰りの電車は座れた。爆睡して、後ろ頭をゴツンと強くぶつけた。スーパーで惣菜類を買って帰宅。食事して、3時間眠る。

夜は、青年団若手自主企画『World's end』を観劇。どっちを選んでも後悔するような選択肢しかない状況の話はきらいなので、イヤな気持ちになる。でもこれは私の個人的な好き嫌いの話であって、演劇としては、いろいろと楽しめたし、興味深い点もあった。


09/24/2006(日)

世田谷パブリックシアターでイデビアン・クルー『補欠』を観劇。ダンスも観劇でいいのか? 途中眠くなったところもあったけど、井手ダンスやっぱりおもしろかった。音楽もいい。衣裳もいい。2001年9月に井手さんのワークショップを受けたときの日記にも音楽のことを私は書いている。曰く、

井手さんのかける音楽は、どうも私にも気持ちがいい。音楽の許容範囲の狭い身としては、嬉しい。
どうやら「合う」みたいだ。

その後、アゴラの稽古場で『S高原から』ヨーロッパツアー直前の通し稽古を見せてもらう。以前から出演している人と今回から新たに加わった人が混ざっているんだけど、だれが前からいるとか新しいとか、見ててぜんぜん気にならなかった。全体で1つの作品になっていた。再演だとか海外公演だとかで同じ作品と長く付き合う機会があるというのは、本当にありがたいことだと思う。1回だけの公演ではわかることのできなかった何かを、再演のたびに発見するもん、演じていて。『東京ノート』でも『ヤルタ会談』でも。

夜、最寄り駅でいえの人と待ち合わせて食事に行ったんだけど、駅のコンコースで、イデビアンがあーだったこーだったと踊りながら説明するので、
「(公演の様子は)わかるけど、それじゃ変な人だよ」
と言われちゃった。


09/23/2006(土)

笑っちゃうような典型的な秋の空。シュークリームのようにもこもこした白い雲が空一面に広がっていて、このまま千代紙の柄になりそうだった。

急に思い立って、明日はイデビアン・クルーの公演を見に行くことに決める。ウェブで当日精算券の予約ができるのが便利。開演の1時間〜30分前までに受付に行かないと自動的にキャンセルになる(当日券として売るんでしょうね、きっと)という気軽なシステム。いいですね、こういうの。

北からの友たちと、4人で飲む。40代3人、50代1人の、最初の話題は「老眼」。そうそう、暗いと見えないんだよねー。終電の時間を把握しているつもりが、きょうは週末なので終電が平日より早いということに、終電の6分前くらいに気づき、ダッシュ。なんとか間に合ったが、アブナイところであった。


09/22/2006(金)

英語の仕事、やっと終わったぜと思ったら、1カ所まちがったままの原稿をネイティブチェッカーに送ってしまっていたことに気づき、送り直す。次回から原稿受け渡しにもっと慎重になること(自分宛メモです)。

『ソウル市民 昭和望郷編』の第1回通し稽古を見せてもらう。これは『ソウル市民』3部作の3番めの作品で、1929年が舞台の平田オリザの新作である。人もエピソードも盛り沢山で、これがこれからどんなふうに仕上がっていくのかとても楽しみだ。

夜は、北からの友とやきとり屋で飲む。


09/21/2006(木)

出掛けない日々なので、昼夜逆転してしまっている。早朝、資源ゴミを出してから就寝。

昼頃起きる。「お祝いの言葉」をいえの人に見てもらい、アドバイスを受ける。ご飯を炊いて、友にもらったイクラしょうゆ漬けで食べる。「エンタープライズ」第3シーズンを見始める。第2シーズンまでとちがって画面が暗いね。DS9みたいだ。『お言葉ですが…』を読みながら寝てしまう。いえの人からの電話で起きる。出掛けて一緒に飲む。帰ってきて、「お祝いの言葉」に手を加える。ようやく完成し、メールで送る。


09/20/2006(水)

アマゾンに注文していた本が届く。『とりぱん』第1巻、『ハルコビヨリ』第3巻、『お言葉ですが…』第7巻。『とりぱん』は、連載時に読んでなかったものもいくつかあり、読んでた分もすでにだいぶ忘れていたので、おおむね新鮮な気持ちで読むことができた。いままで気づかなかったけど、この人、絵うまいね。特に、巻末近くの、マンガを投稿しようと思ってから投稿締切10日前までの自分を描いたマンガの、こたつに寝そべってる絵とか。堪能しました。

タイでよく売っていた、ウェストを折り返してはくパンツを作りたいと思っていた。似たようなステキな日本のパンツが載っていたので、きのう「暮しの手帖」も買っちゃった。そしたらきょう、ウェブ上でタイパンツの作り方を発見。本物は脚部が2枚の布から出来てると思うけど、あれは布幅のせいかな? 特に立体的な裁断でもなさそうだし、1枚でとれるなら1枚でとっちゃって問題ないのかも。製作所用時間1時間と書いてある。うわー、作りたいなぁ。

劇団パークの『ソウルノート』のパンフレット用の「お祝いの言葉」を、こないだうちから少しずつ書いては消し書いては消ししていたんだけど、今夜ようやく書き上げた。寝て起きて、推敲してから送ろうと思う。


09/19/2006(火)
注意:最後のパラグラフで、映画『アメリカン・ヒストリーX』の内容に触れています。

劇団の事務所にケータイを忘れてきた! と気づいたのは急行発車直後。やっと止まる駅について、降りたら、ホームに公衆電話がない。改札の中と外にまたがってある、駅員さんのいるサービスオフィスみたいなとこに行って、「すみません、公衆電話はどこですか?」と聞くと、「あの売店の裏です」と指さされたそこは、改札の外。「改札出ないとダメなんですか?」と聞いたら、オフィスを通ってそのまま(パスネットを改札に通さないままで)出ていいとのこと。粋な計らいに感謝。ていうか、もう駅構内に公衆電話が1台もないんだね。そのことにビックリ。2台ある公衆電話は、おもに小学生、中学生が、「いま駅に着いた」などと家に連絡するのに使用していた。あぁそうだよね、こういう需要はまだまだあるんだよね。

ゴーヤー入りカレーを作ってみた。入れた具は、ニンニク、ショウガ、豚肉、セロリ、ゴーヤー、マッシュルーム、ジャガイモ。苦くおいしくできた。

テレビで『アメリカン・ヒストリーX』をやっていて、エイヴリー・ブルックス(DS9のシスコ)が出ていることもあって見始めたら、結局最後まで見てしまった(「わが闘争」に関するレポートの件で校長室に呼ばれてるシーンから見た)。あのラストには、劇団木花の『ロミオとジュリエット』同様の衝撃を受けた。とはいえ、出所してきたデレクが、刑務所での3年間の生活で「憎悪と怒りは何も生まない」ということを身にしみてわかったと言うデレクが、あっというまに人を殴り、蹴るという手段を使ってしまうのを見たときに、悲劇的な最後が予想できたのもたしか。やりきれない。


09/18/2006(月)

きょうはご飯がうまく炊けた。勘が戻ってきたらしい。

メール1通書くのに、1日かかった。


09/17/2006(日)

英語の仕事が一段落したので、少し部屋を片づける。TVも見る。フォックスで最近始まったらしい『ハウス』という病院ドラマがおもしろそうだった。久しぶりにご飯も炊いた。勘がくるったか、固めだった。


09/16/2006(土)

明るくなってから寝たので、昼近くになって起きた。

誕生日プレゼントの一部としてアメリカの友人が送ってくれたチョコバーがすごくおいしかったので、Figamajigsという名前を元に調べてみたら、自然食品なのにおいしいんだぞー!という商品であることを知った。これ、日本で売ってないかな? それか、取り寄せできないかしら。と思ってメールで問い合わせてみた。返事が来るかな?

先週『ヤルタ会談』の公演があったので、衣裳をクリーニングに出さないといけない。いままでは衣裳や小道具はアゴラの近くに保管してたから、クリーニングもアゴラの近くで出してたけど、こないだから衣裳・小道具置き場が五反田辺に引っ越したから、新しくクリーニング屋さんを探さないといけない。45リットルのゴミ袋いっぱいの衣裳をぶらさげて、うろうろする。なんとなくあのあたりにありそうという気がして大通りから1本裏に入ってみたら、ビンゴ! あぁあ、近くで見つかってヨカッタ!

そしてデパ地下でチャーシューとポテトサラダ、コンビニでエビス黒500ml缶2本買って、一昨日までワークショップを受けてたフランス人演出家(劇作家でもあるし、俳優もやっている)の滞在しているアパートへ。きょうはみんなで持ち寄りパーティ。時間どおりに行ったら一番乗りで、結局1時間近くヤンと2人でビールを飲んだ。まぁ、ゆっくり話せてよかったけど。じょじょに人が集まって、にぎやかで楽しい会になった。4時間経過したところで私は眠くなってしまい、「人づきあい」スイッチが切れちゃったので、帰宅。

ヤンはみんなに、お習字の細筆をくれた。今回のワークショップで、墨汁と筆で字を書く楽しさを再発見したから、ちょうどもうちょっとやってみたいと思ってたところ。どうもありがとう!


09/15/2006(金)

12時過ぎ、起床。英語の仕事をガンガン進める。気がつくと夕方で、腹ぺこで、コンビニで食料品を調達し、食べながらテレビをつけたら『タガート』をやっていた。タガート警部のこの俳優、好きなんだ。そしてこの番組は、事件が解決するとパッと、なんの余韻もなく終わるのが特徴。きょうのエピソードもやっぱりそうだった。

食後にごろごろしていたらそのまま眠ってしまい、起きたら12時で、もう昼の12時かと思ったらまだ夜の12時だった。ソウルの劇団Parkが来月また『ソウルノート』を公演するそうで、パンフレットにお祝いの言葉を書いてくださいと頼まれていて、前に日韓合同公演で『ソウルノート』をやったときの日記などを読み返してみたが、とにかくどんどんどんどん昔の日記を読んじゃうばかりで、原稿はきょうは書けなかった。


09/14/2006(木)

きょうは1時集合だったので、ゆっくりめに起きる。シャワーを浴びてるときに、かつてのつらく悲しいことが急に思い出されて、少し泣いた。きのうのちょっとした出来事(ワークショップとは無関係)が、引き金になったな。時が解決するのを待つしかない。深呼吸して、出掛ける。

稽古場で、演出家から、きのうの2回めの通しのダメ出し(自分の分)を聞く(きのう、私は早退したから)。ワークショップは、きょうは、最後の部分の段取りを皆で確認したのみ。2時間ほどの長い休憩(いつもは食事休憩でも30分)を挟んで、発表会。

青年団の人とかヤンの知り合いとか俳優の知り合いとか、まぁ身内は身内なんだけど十何人かのお客さんを迎えて、これまでワークショップでやってきたことを見てもらった。ワークショップでやってきたことは「ヤンの戯曲のテキストとそれを読む俳優からなにか触発されるものがあったり、『いま、舞台では、これこれのことが必要だ』と思ったりしたら、舞台上に出ていく。そこで他者と触れ合い、関係を発展させていく」というようなことなので、発表会であろうがなかろうがそれを続けていくべきだったんだけど、観客を前にして皆固くなる部分がどうしてもあり(当然だと思う)、他の人に働きかけたり相手から差し出された提案を受け入れたりするという要素が、発表会ではいつもより少なかったと思う。段取りがある程度決まっている部分とそうでない部分があったのも混乱の原因となったようだ。

異文化との交流は、やはり時間がかかる。そのことを再認識した。フランス人の演出家と、日本人の俳優と、どちらもが変わっていく必要がある。そう思った。また、終わった後の感想で、きょうはうまくいってなかったとか、うまくできたところとうまくできなかったところがある、と言う人に混じって、楽しかったと言った人があって、でもそれは私から見るときょうは(いままでそんなことはなかったのに)他人を無視するくらいに一人でガンバッテしまっていた人だったので、異文化じゃなくても、だれかと価値観を共有するということ自体、とにかく、なかなか大変なことなんだなぁと思った。さらに、価値観を共有するのがなかなか大変で時間のかかることであるならば、そういう大きな努力をしてまで共有したい価値観とはなんなのかというところにもっと敏感であるべきだ、という反省も持った。

でも、ワークショップ自体は、私はおおむね楽しかったし、いろいろと興味深いところ、得るところもあった。こないだの『直線』もそうだったんだけど、同じ劇団にいてもあまり一緒に演劇をやったことがない人というのがまだまだいるんで、あぁこの人はこういう俳優なんだ、こういう人なんだ、ということをこういう機会を通して知ることができたのもよかった。


09/13/2006(水)

けさも英語の仕事を少しやってから、ワークショップへ。

演出家が、明日の発表会で戯曲のどの部分をやるかというのを発表。その構成に基づいて通してやってみたら1時間50分だった。私はこのワークショップは4日めだけど、きょうは割と素直にシーンに入っていける感じだった。共演者にも場所にもやっと馴染んで信頼してできるようになってきたんだろうか。

休憩をはさんで、もう一度通し。私は他の用事があり、自分がテキストを読むシーンが終わったところで早退。前半だけの感じでいうと、2回めの通しは、みんな、さっきの通しでやったことをなぞろうとしすぎていたような気がする。「どのシーンのテキストをだれが読む、というのだけは決まってるけど、他の俳優がいつ舞台上で何をするかは自由。その場その場で各自が『必要』と思うことをする」、という演劇で、何度やってもここはこうなる、というふうに決まってきている部分もあれば、そのときどきにちがうことが展開する場合もある。うまくいったりいかなかったりしたことをその場で受け入れて、うまくいかなかったらいかなかったなりに、へこまないで、じゃぁ次どうしようと考えながら動いていく。むずかしい。おもしろい。


09/12/2006(火)

公演だワークショップだで滞っていた英語の仕事を、朝少し進める。

ワークショップは、明後日の発表会に向けて急激にいろんなことが形になり始めてきた。どのシーンのテキストをだれが読むという割り振りがきちんと決まった。私は、読みたかったクラゲのシーン。

ただ、戯曲が長くて、全部やったら3時間超えてしまう、どうしよう、ということになり、演出家が「どうするか今晩決めてきます」と言ったのですぐ帰るのかと思ったら「いまは飲むことが必要です」ってって何人かで少し飲んでから帰った。


09/11/2006(月)

ヤン・アレグレさんのワークショップ。全体としてはもうすでに1週間くらいやってるわけだけど、私の参加はきょうが2日め。先日説明のあった「5つの手段/道具」に加えて、「裸(下着姿)になる」というのを第6の手段として使ってみてください、とのこと。強制はしないそうだ。私は、きょうはまだ様子見中。


09/10/2006(日)

10時ゲネプロ。14時開演。終演後は、同時上演『高山広のおキモチ大図鑑』を客席で観劇。久しぶりに見る「TV MAN」が、本当に見事だった。主催者のかたが、自然食レストランで打ち上げをしてくださった。くし形切りの小タマネギを出汁で煮てホワイトソースをかけたもの(かな?よくわからないけど)が非常においしかった。深夜、帰宅。


09/09/2006(土)

『ヤルタ会談』浜松公演。きょうは、舞台の仕込みと自主場当たり。夕方終了し、銭湯経由で夕食にウナギを食べに行った。浜松だからさ。


09/08/2006(金)

『ヤルタ会談』浜松公演(9月10日)に向けて、自主稽古。ヤルタは何度やっても、いつやっても、楽しい。

最近、細かい字がますます見えにくくなってきていて、あぁ老眼がそんなに進んだのかと悲観していた(きのうなんか、ワークショップ中、舞台が薄暗くなると台本の字が読めなくて大変だった)んだけど、けさ、ふと、「もしかして、右目用と左目用のコンタクトレンズを間違えているんじゃないか?」ということに思い至り、逆の目にレンズを入れてみたら、よく見えるようになった! 2週間使い捨てレンズを使っているんだけど、こないだ新しいのに替えたときに左右逆に入れちゃったようだ。見えにくい目に弱いレンズ、どちらかというと視力のいい目に強いレンズを入れてたわけで、そりゃ見えにくくもなるだろうよ。おっちょこちょいだな。でも老眼じゃなくてヨカッタ。


09/07/2006(木)

朝から、バラシの続き。終わって、バンでゴミ捨て(夢の島)。そのバンに、次は今週末の『ヤルタ会談』浜松公演の荷物を積み込み。そして夕方からフランス人演出家のワークショップ(6時間!)。盛り沢山な1日だった。

ワークショップは、実は9月初めからすでに始まっていて、でも二騎の会『直線』があったので私はきょうが初参加。詩のような妄想のようなテキストがあって、それを9人の俳優が、

  1. 白紙の状態で舞台上に、居る
  2. テキストを読む
  3. テキストの文字を書く
  4. 歌う(1音か2音の、息の続く限り長く続く音を出す)
  5. テキスト中の事物として舞台上に出現する

という5つの手段を使って舞台化する。登退場は、自由。というやり方。

白紙は、目を閉じて、周囲のことをすべて受け入れる状態。「テキストを読む」はさらに2つに分けられて、メインの語り手としてテキストのコトバをテキストに書かれている順序で最初から読んでいく――たぶん戯曲の時間を前へ前へと進めていく、みたいな意味だと私は思った――という役割と、もう1つは、その語り手のエコーとなって、気になったコトバだけ発声したり、コトバを繰り返したりしていく役割がある。文字を書くというのは、壁に貼られた紙や他の俳優の身体に、発声されたテキストの中のコトバを墨汁と筆で書いていく。出現は、テキストの中の人物なり動物なりその他の事象(たとえば「夜」とか「天」とか)なりとして舞台上に存在する状態になる、ということ。そしてそのような状態の2人が舞台上で出会ったら、その2人の間に「愛」または「暴力」の関係が生まれ、お互いに影響を与え、場が変化していく。

ということを、前から参加している人たちから説明してもらったり、実際にやっているのを見たりして、こういうことかなーと思っていろいろとやってみた。私は普段はこういうのに「入って」いくまでだいぶ時間がかかるほうなんだけど、いま公演直後で心身が「演劇モード」全開らしく、物怖じせず失敗を恐れず、「やりたい」「やってみたい」という気持ちで割とどんどん舞台に出ていっていた。自分で自分にちょっとビックリしました。


09/06/2006(水)

『直線』最終日。ソワレの開場前、俳優が思い思いにアップをしているときに、音響オペも担当している演出家が、「ボヘミアン・ラプソディー」をかけた。いきなり舞台上で盛り上がって歌い出す私。クィーンはやっぱりいいなぁ。とか言いながら歌詞がうろ覚えで恥ずかしかったけれどね。

終演後、バラシ。打ち上げ。開演前のジョニ・ミッチェルの曲で、私が「(旅の途中、)6人の日本人に会った。6個のビーバーの穴にそれぞれ住んでいた」と聞き取っていた部分があるんだけど、歌詞カードを見せてもらったら「6機のジェット機が6筋の飛行機雲を残して去っていくのを見た」だった。ぜんぜん聞き取れてないじゃん。ビーバーの穴に住む日本人のほうが妄想的で面白いかもしれないけど。


09/05/2006(火)

朝、ちょいとミシン掛けなど。Tシャツに絵を描いてみたくなって、でもクレパスとかで描くのはむずかしそうなので、布で模様を作って貼りつけることにした。端切れにアイロン接着シート(熱をかけない状態で仮接着できる。両面接着用。手芸やっている人にしか伝わらないと思いますが、すごく便利なしろものです)を貼り、曲線を多用した模様を切り抜き、仮接着状態でレイアウトをあーでもないこーでもないと考え、アイロンで本接着した後、ニット用の針と糸を使い、曲線用の押さえ金を使って、周囲にステッチを掛けた。

Tシャツ本体は新規購入したが、それ以外の材料や装置は、全部すでに所有していたもの。なんか、私の縫い物・キルト作製歴の長さを垣間見たような気がした。ちょっと嬉しかった。

『直線』は、マチソワ。マチネに、1986年頃一緒に学校に通っていた友が2人見に来てくれた。20年ぶりか。終演後、近くのファミレスに食事に行ったら、その2人もそこに座ってて、ふとテーブルの上を見たら、ビールとピザだった。『直線』見て、ビールとピザ。すごくストレート。これもちょっと嬉しかった。

夜の終演後、劇場で少し飲んでいて、見に来てくれた友と、葬式とか役所の対応とかの話をした。演劇の話もしたけれど。その友は、話の途中でカバンから歯ブラシを7本出して、「差し入れ。皆さんで」とくれたけれど、自分用、と言って1本カバンに戻した。まだ知り合って間のない人なんだけど、なんだかいろいろと興味深い人だ。これも、ちょっと嬉しい。

きょうは、ちょっと嬉しいこと3連発の日記。


09/04/2006(月)

きょうの公演は、8時開演の1回のみ。久しぶりにゆっくりした朝。湯船にお湯をためてお風呂に入ったり、洗濯したり、街に出て食事したり用事したり。

きょうも、1時間半ほど、稽古。ただし、きょうは演出の変更はなく、以前指示があってまだできていなかったところの、いうなれば「復習」。

先週に比べお客さまが増え、シーンによってなごんだり緊張したり、きょうの客席はダイナミックだった。


09/03/2006(日)

きょうも、マチソワ。きのうより、開演も集合も30分早かった。きょうの直しは、きのうに比べたら「微調整」の範囲内。作家からカットの指示があった部分について、演出家と俳優で考えるけれどもどうしてもつじつまをあわせられず、劇場入りした作家に質問。一言で問題解決。良くも悪くも私たちはこの人のてのひらの上なんだな。てのひらの上なんだけど、てのひらの上にいる私たち俳優とか演出家の力がないと、自分の世界を具現化できない……劇作家というのはおもしろい仕事だな。


09/02/2006(土)

二騎の会『直線』公演3日め。きょうはマチソワ。マチネが15時開演だったんだけど、11時集合で、2時間ほど稽古。マチネとソワレの間にも、さらに台本のカット、演出の変更が入る。

終演後、劇場での打ち上げに参加。きょうは、受付などの手伝いに来てくれた青年団の友だちと主に話した。


09/01/2006(金)

8月の日記が未掲載なんだけど(書いてはいるんだけど。もう少ししたらたぶんアップします。)、9月になったので、9月の日記を書き始めることにした。イラストは、いま公演中の二騎の会『直線』のイメージ画像です。というか、の登場人物の一人を描きました。

きょうは、『直線』の公演2日め。1990年代に機械翻訳システムの仕事をしていたときからの師匠がちょうど上京中で、見に来てくれた。私の舞台を見るのは『S高原から』京都公演(いつだ?)以来とのこと。師匠に会うの自体は、5年ぶり。師匠のホテルの近くで飲む。

普段あんまり演劇を見ないという師匠の質問や感想は、私には新鮮でいろいろとおもしろかった。特に、「演劇というのはもっと言語に頼った表現形式だと思っていた。ビジュアル(視覚的)な要素が大きくて驚いた」というコメントが印象的だった。たとえば、立って話している人の、言葉ではなく姿勢や手足の動作から伝わってくるものがこんなにもあるのか、というようなこと。


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