自分の文脈

ブログ更新をしばらく怠っていた。
この間の政治的できごとを振り返って、現段階における個人的な総括と見通しを書き留めておきたい。

という文を読んで、ブログを久しぶりに更新するときの書き出しとして、なんてカッコイイんだろうって思った。上記の冒頭文は僕の文ではなく、内田先生のブログの今日アップされたエントリーの最初の二行である。そのエントリーそのもののタイトルは「日本の文脈・アメリカの文脈」である。やや長めの文章だが、わかりやすく、とても素晴らしい内容なので、ぜひご参照されたい。

実は、僕自身には、いまのところ自分でブログに書きたいものが、あまり無い。いや、書こうと思えば、ネタは色々ある。毎日色々な目に遭っているし、あ、そうそう、今月は三条会の『三人姉妹』の照明もやったから、その解説なんてものは、格好のブログネタである。しかし、今の僕は、どうもそういう、長めの文を書く動機が、あんまり無いのである。

首相や都知事や大阪市長らは、ますますメチャクチャである。そのことをネタにしてブログ記事を書くこともできるだろう。しかし、最近の彼らは、もう、あっきっらっかに行き過ぎており、その言動は、もはや「誰の目から見てもおかしい」状態である。だから、わざわざそれをブログに取り上げて書こうという気にすらなれない。

そういえば、数年前、ある著名文化人が、下記のような予見を述べたのを思い出した:

「今の日本国はあと数十年の内に滅びるであろう。こう言うと驚く人がいるかも知れないが、考えてみれば、ここ150年ぐらいの間に、日本国は二回も、事実上滅びた経験を持つ。1868年と1945年だ」

この発言が出たのは演劇関連のイベントで、たしかその文脈は、チェーホフが描いていたロシア帝国がその後すぐに滅び去った、という話と関連していたように思う。

この予見(日本国が滅びる)が、いよいよ現実味を帯びてきたな、と最近思う。

このようにとりとめもない話をダラダラと書く理由も実は無い。ただですね、ちょっとこのブログを更新しておきたかったのです。その一番の理由は、TPPの話がいつまでも自分のブログの一番上に表示されているのが、なんとも不愉快だったからである。

だから今回は、ある程度長期間、一番上に表示されててもあまり不愉快にならないような文を心がけたつもりだが、いかがだろうか。



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