つれづれなる日々

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2002年11月の日々

モチーフつなぎのマフラー

編みたいな

編んじゃった


11/30/2002(土)

友の稽古場を見学に行く。来週末本番だから、けっこう本番直前で、ダメ出しをしている演出家とかダメ出しを聞いている俳優の様子を見ていると、きゅうっと胃が痛くなるような気持ちがした。でも稽古している内容自体は脚本も演技もおもしろくて、笑いをこらえてもいた。

帰りに友と地ビールの店に行った。Hoegaardenの生があったので飲んだ。メニューに「ヒューガルデン」って書いてあったけど「ヒューガルテン」でしょ?と思って、Googleで検索したら、「ヒューガルデン」は約1,300件「ヒューガルテン」は約230件だった。2つの表記が混在するページも、少数あった。あれ、でもドイツ語ってdをtの音に読むんだよね?あ、でもfindenはフィンデンだったなーなんて昔々にちょっとだけ習ったことを思い出し、混乱する。で、またGoogleでいろいろ見てると、d, b, gの発音は、語末、音節末のときはp, t, kという音になる、ということがわかった。じゃぁHoegaardenのdはやっぱりtの発音でいいのかな?よくわからない……。そして見つけたのが、ビールの名前を英語とドイツ語で発音してくれるページ。「フーガルデン」みたいな発音。とりあえず「テン」ではないらしい。


11/29/2002(金)

昼、指輪ホテル「nowhere Girl」を観に行く。夜、風琴工房「病の記憶」Aプログラムを観に行く。27日のとこに書いた坪内志郎さんもそうなんだけど、風琴工房の詩森ろばさんと指輪ホテルの羊屋白玉さんも、どういう「作・演出」をする人なのか知る前に「人物」部分でまず知り合いになったので、早く公演を拝見したいと思っていた。やっと観れてよかったです。


11/28/2002(木)

夜、アゴラ劇場に風琴工房「病の記憶」Bプログラムを観に行く。


11/27/2002(水)

遅寝遅起き。夜、演劇サロンの会を観に行く。坪内志郎作品初見。劇作のことだけじゃなく、演出とか演技とか公演形態とかも含めて、いまさらなんだけど、そうだそうなんだ、やりたいことを好きなようにやっていいんだ、やるべきなんだ、と思いました。


11/26/2002(火)

劇団倉庫にて、片づけ。捨てたり、しまったり、次の公演(『海よりも長い夜』伊丹公演)に備えたり。

昼過ぎ、帰宅。ゆうべあまり寝ていないのに、眠くならない。帰り道でとうとう(肩こりが悪化するので編み物は避けていたんだけど……)毛糸を買ってしまい、マフラーを編む。正方形のモチーフをつなぐやつ。円形状に始めて四つ角になるところで目を増やせばいいんだろうと、小学校の手芸クラブで編みぐるみを編んだときのおぼろげな記憶を頼りに適当に編み始めたら、きっちり四角くなっても目を増やしすぎて波打ってもくさり編みを多用してスカスカでも、いずれも味があっておもしろく、夢中になって編み、夢中になってつなぎ、後は糸端のしまつだけというところまでがむしゃらに進めて、就寝。


11/25/2002(月)

『東京ノート』最終日。雨。友から、仕事がたてこんで行けないとメール。残念だがしかたない。連絡ありがとう。昼夜2回公演。終演後、バラシ。撤収してアゴラで打ち上げ。2時過ぎ帰宅。


11/24/2002(日)

きのう、おとといと2日もオフの日があったのに、なんでこんなにあわてて出掛けるようになってしまうのか!となさけないほど余裕なく家を出る。でも一応お弁当は作っていった(といっても、朝食べたご飯とおかずを詰めただけ)。おかずは、トリもも肉、タマネギ、冷凍フライドポテト(太めのヤツ)、ナス、ピーマンを炒め、味噌と砂糖を酒と水で溶いたもので調味したもの。ナス、ピーマン、ジャガイモを炒めて味噌と砂糖で味つけする、という母から教わったレシピの、応用。ジャガイモがどろどろにくずれて、ちょっととろみがついたので、中華丼みたいにご飯の上にのせてみた。普通、煮物などの味つけに私は砂糖は使わないんだけど、これは砂糖を入れたほうがおいしいと思う。


11/23/2002(土)

休演日。昼食後、眠くなって寝てしまう。あぁ、また夜眠れないにちがいない。


11/22/2002(金)

休演日。

「『雨が来る』日記」にタイポ発見。「右手で左足首、左手で左足首をつかんで」ってそれじゃ左足首ばっかりだ!


11/21/2002(木)

東京都現代美術館の企画展『QUOBO: ベルリンのアート ― 壁崩壊から10年』を見る。発泡スチロールの、大きな、雪のような花のようなユニットを組み合わせてドームみたいになっているのが、その下というか中というか、そういう位置にいるとなんだか気持ちよくて、3回くらい戻ってたたずんでみた。水槽の中でプランクトンが繁茂していく、という展示もあったが、会期が終わったらあの培養されたプランクトンはどうなるんだろう。

展示を見終わって外に出たところで、
「すみません、写真撮ってもらえませんか」
と頼まれ、オブジェの前に立つ二人にカメラを向けてシャッターを切った。『東京ノート』っぽい。うまく撮れているといいのだけれど……。


11/20/2002(水)

演劇ぶっくの取材で、東京都現代美術館のあちらこちらで写真撮影。どんな写真になるんだろう。


11/19/2002(火)

きのうの夜公演の途中で、左の肩甲骨のあたりがいきなり凝った。それでけさは、湯船にお湯をためて、ゆっくりつかってみた。『暗愚小傳』の台詞を思い出したりしながら。台本を見て、覚える。台本を見ないで、思い出す。その繰り返しで、台詞を覚えていく。

きょうは飲まずに帰って、夕飯を作る。野菜パエリヤ。魚介類のかわりに、ナスとピーマン。


11/18/2002(月)

ゆうべ、コンタクトを入れたまま寝てしまった。あさ起きて、目をあけた途端からいろんなものがくっきりはっきり見えて、ビックリした。

きょうは、昼・夜2回公演だ。マチネの終わり頃だんだん日が暮れていくのが、芝居の内容とシンクロしているようないないような微妙な感じの光でおもしろかった。


11/17/2002(日)

『雨が来る』日記のタイプミス発見。一カ所「雨が降る」になってた。ソッコウ直す。

12月に入ってわりとすぐに『暗愚小傳』の稽古があるので、『東京ノート』東京都現代美術館公演に向かう電車の中で『暗愚〜』の台本を読む。あんまり「覚えるぞ!」という感じじゃなくて、ただ読んでみた。気分的には、一人で「読み稽古」をしているつもり。青年団の稽古はすぐ立ち稽古になるから、その前に、覚える目的以外で台本を読むってことがあまりなかったけれど、今年、あなざーわーくすやTHE SHAMPOO HATの公演に参加して、(稽古で)台本をまずある程度読むというのも意義があるなと思ったので、一人でやってみている次第。きょうは黙読だけど。

美術館まで、きょうは木場駅から歩いてみた。公園の脇の道なので、木のにおいがして、いい感じだった。『東京ノート』は、本日、初日。


11/16/2002(土)

友が、『雨が来る』日記のタイプミスをメールで教えてくれた。ありがとう、ありがとう。ソッコウ直す。


11/15/2002(金)

『東京ノート』東京都現代美術館公演は、美術館のロビー(アトリウム)に舞台と客席を設置して行うので、美術館が閉館しているときしか稽古できない。金曜、土曜は、夜8時まで美術館が開いているので、本番直前だけれどきょうとあしたは稽古なしだ。そうとアタマではわかっていても、えっ、ホントに行かなくていいんだっけ?と何度か不安になった。「本番に間に合わない」というのは私が見る悪夢の定番の一つだけど、まさにそういう感じだった。


11/14/2002(木)

9月に出演したTHE SHAMPOO HAT『雨が来る』の稽古日記を、実はきのう公開した(『雨が来る』日記)。アップしましたよとどこにも告知してなくて、自分としてはひっそり公開(言葉として変ですけど)したつもりだったので、
「読んだよ」
ときょうさっそく友に言われてちょっと驚いた。あんなに長いのに、全部読んだそうで、嬉しかった。

なにか一つ公演が終わると、いままで稽古や公演で毎日会ってた人たちと会わなくなって、ちがういろんなことが生活の中で大きな位置を占めるようになってきて、だんだんだんだんその公演のことが過去の思い出になっていく。だけど『雨が来る』は、終わってすぐに青年団のヨーロッパツアーで東京の日常とあまりにもかけはなれたところにいきなり行っちゃったから、「だんだんだんだん」がなくてかえって瞬間冷凍みたいになってて、私の中ではまだいま終わったばっかりみたいな気がしてる。日記を書き上げたことで、ちょっと距離がとれるようになった感じだ。


11/13/2002(水)

『上野動物園再々々襲撃』日記に誤植発見。「班」となるべきところがすべて「斑」になってた! なんとなんと。さっそく直す。

美術館での公演は、美術館の閉館を待って、毎日、舞台と客席を設営するところから始まる。その作業もきょうで3日めなので、だんだんみんな慣れて手早くなってきた。


11/12/2002(火)

先週木曜日に抜歯した歯の消毒のため、歯医者に行く。まだ痛くて、鎮痛剤を飲んだりしているので、なんか、化膿してるとか怖いことになっていたらどうしようと思って行ったんだけど、
「あー治ってきてる、治ってきてる。大丈夫ですよ、100%治ります」
との先生の言葉に、それだけで痛みが薄れるような気がした。まったく普通の生活をして大丈夫ですよと言われたので、5日ぶりにビールを飲んだ。


11/11/2002(月)

『東京ノート』東京都現代美術館公演の仕込み。朝、来ない人がいると思ったら、まちがえて上野の東京都美術館に行っていたそうだ(1名)。

劇中で私は写真を何枚か撮る。いつもは同じフィルムを繰り返し使っているんだけど、こないだスイス公演のとき、久しぶりに新しいフィルムを入れて、現像してみた。で、写ってる人たちにきょう写真をあげた。私が「ステキな笑顔だね」と思った写真の、本人の感想は、
「(私って)歳とったねぇ」
だった。「壁紙にしたいくらいいい雰囲気だよね」と思った写真の、本人の感想は、
「(オレ)太ってるなぁ」
だった。


11/10/2002(日)

明日図鑑『ランチタイム』を観た。初めて観る劇団。おもしろい劇団っていっぱいあるんだね。もっといろんな劇団を観てみようと思った。明日図鑑の次回作も観たい。

レマン湖畔のフレディ・マーキュリー像の前でとった写真ができました。


11/09/2002(土)

まだ頬が腫れている。そして、抜歯したとこは、まだ痛い。出血は止まったようだ。


11/08/2002(金)

時差ボケがそのままただの昼夜逆転になって定着しそうである。

抜歯して、頬が腫れている。熱さまシートを貼っている。これ、便利ですね。

前にいつだったか五反田団の稽古みにいったらおでこに貼ってる人がいて、そういう役なのかと思ったら、そういう俳優だった。ふーん、そういう人もいるんだぁって思ってたら、こないだTHE SHAMPOO HATの稽古で、熱があるっておでこに貼ってる人がけっこういた。稽古で出番になると取る人と、貼ったままやる人といて、そういうちょっとしたちがいもおもしろいなと思って見ていた。

でも、ダブリンで歯痛になるまで、自分が使う日が来ようとは思っていませんでした。


11/07/2002(木)

きょうは抜歯の日。
「こんにちは」
ドアを開けて入ると、
「明るくね。きょうは抜歯ですからね」
先生、お気遣い、ありがとう。この先生は、歯医者に来て不安な患者の気持ちをよくわかって接してくれる。

何段階にも分けて、ゆっくりゆっくり麻酔。かかったと見るや、
「これで抜きますからね」
とペンチ状の器具を手にする先生。
「え、もう?」
「麻酔、切れてきちゃうとたいへんですからね」
それはそうですね。以前親知らずを抜いてもらったときは、抜くとなったらけっこうすぐ済んだ記憶があるけど、今度の奥歯はそうとう大変そう。押したり引いたりで、あごがガクガクした。削ったし。

「あと、痛むし、腫れます」
痛み止めと抗生剤をもらう。

帰り道、ダブリンで歯が痛かったときと同じに、他の歯があちこち痛んで、ベートーベンの肖像画のように眉間にしわがよった(と思う)。冷やすといいですよ、とのことだったので、冷えぴたシートみたいなのを買って帰り、薬を飲んでシートも貼って4、5時間眠る。抜歯で疲れたのかまだ時差ボケなのか、よくわからない。

そのまま外に出ちゃダメだよ、ビックリされるよ、と家の人に言われて鏡を見ると、唇に血がついていた。抜歯って、最後は物理的に引っこ抜くわけだから、そりゃぁ血も出るわなー。腫れもするでしょう。来週早々『東京ノート』東京都現代美術館公演の準備が始まるので、早めに処置してもらってよかった。


11/06/2002(水)

ひょんなことから、大学のときの友がすぐ近所にいることが判明。


11/05/2002(火)

歯医者に行って、ダブリンの歯医者さんが撮ったレントゲン写真を見せると、やはりこの歯は抜歯することになった。抜いたあと少しはれるかもしれないというので、
「14日の夜(ゲネプロがある)までには普通の顔に戻っていないといけないんですが……」
と言って、さっそく明後日抜いてもらうことになった。

まだ少し時差ボケ。変な時間に眠くなる。そして起きたとたんは、いまがいつでここがどこなのか、ちょっとわからない。


11/04/2002(月)

劇団の作業日。倉庫を整理する。

夕方空を見上げると、みごとな青空の大きな雲が、夕方の太陽の光で、黄色からピンク、紫、グレーそして暗くなった空の中でまた白、と色を変えていった。システィナ礼拝堂のミケランジェロの天井画を思い出させる色彩だった。


11/03/2002(日)

昼は蕎麦屋。夜、ようやく家で食事を作る。イカのスペイン風と、具だくさんの汁物。トリもも肉をいためて、日本酒少々と水で煮る。サトイモ、レンコン、ニンジン(乱切り)、ゴボウ(太いささがき)、コンニャク(食べやすく切る)、マイタケ、シメジ(食べやすく子房に分ける)も入れて、あくをとりながら。そして、おしょうゆで味付け。しみじみとおいしかったです。あ、上に万能ネギの小口切りを散らすつもりだったのに、忘れた!


11/02/2002(土)

預けた荷物を受け取るベルトコンベアーのところで、
「すみません」
の一言もなく他人を押しのけて自分の荷物をつかんでいく人を見て、
「あぁー、日本に帰ってきたんだなぁ」
と感じた。欧米は見知らぬ人に笑顔で声をかけることによって、日本は見知らぬ人を無視することによって、それぞれ、敵意がないことを表す文化だ。他人と空間を共有する手段が必要っていうのはおんなじで、その方法がちがうだけで、だからきっと欧米人はいちいち心からにっこりしているわけじゃないんだと思うんだけど、でもヨーロッパでみんなボンジュールとかパルドンとかにこにこして言ってたとこからいきなり日本に帰ってきて、なんだかドッキリしたのはたしかでした。

昼はウナギ、夜は居酒屋。日本を満喫。


11/01/2002(金)

朝起きて、荷造りして、チャーターバスでマルセイユ空港へ。そしてパリで乗り換えて、成田に向かう。ゆうべ睡眠不足だったので途中3、4時間は眠ったけれど、「一晩分」は眠りきれぬまま11月2日朝の日本に到着。


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