つれづれなる日々

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2005年8月の日々

地味なバースデーケーキ

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08/31/2005(水)

午後、ポかリン記憶舎明神さんのワークショップを受ける。というか、今度明神さんがやるワークショップのための練習のワークショップ。主な目的は、講師陣のための段取り確認なんだと思う。内容に興味があったので、参加させていただいた。不要な力を身体から抜き、この場にいる人たちと体験を共有する――ということが素直にできた。フラフープを回せなくてくやしかった。組み立て式のフラフープが1,500円くらいで売っているそうだ、買おうかしら。

夜、蜻蛉玉(とんぼだま)の『S高原から』を見に行く。昼間身体を動かして疲れていたせいか、一部まったく覚えていない。すみません。もう一度ちゃんと見たいと思います。


08/30/2005(火)
注意:ポツドール『S高原から』のネタバレがあります。

布物プロジェクトは、昨日は「月のある空」を細いボーダー(枠)で囲むところまでやったんだけど、きょうはその外側の、さらに「空」が広がる部分を作った。まだその途中。

夜、ポツドールの『S高原から』を見に行く。ポツドールは、初見。福島の見舞客の鈴本・坂口とか、新しい患者本間さんといった、どちらというと小さな役が、ずいぶん「書き込まれ」ていて、それぞれ自分の人生で主役をはっている感じがするところが、私は好きだった。

五反田団のニセエスも、ポツドールのニセエスも、だれがだれにどう気を遣うかという点が原作と大きく異なっていて、私にとっては、「若い人の気の遣い方ってこうなんだなー」というところが興味深い。そして、たぶん根っこは同じかとてもよく似た気の遣い方なんだけど、それがどういう形でおもてに表れるかが、五反田団とポツドールでは大ちがいで、そのこともおもしろかった。昔、モーニング(週刊漫画誌)に『大阪豆ゴハン』と『ナニワ金融道』が同時に連載されていたときの感じが思い出された(どちらも大阪が舞台の話なんだけど、まるっきりトーンがちがっていた)。


08/29/2005(月)
注意:三条会『S高原から』のネタバレがあります。

布物プロジェクトを進める。こないだ作ったカーテンは、ひとからの依頼で、締切もあって(遅れてしまったけど)、何センチ掛ける何センチと寸法も決まっていて、あんまりテキトーなことができなくて窮屈といえば窮屈だった。「仕事」なんだからある程度しょうがないんだけど。それに比べて、いまとりかかっているのは、一応10月の『ソウルノート』の舞台を飾るのに使ってもらえたらいいなと思ってはいるけれど、基本的に自分の楽しみのためにやっている「趣味」のプロジェクトなので、気楽に、じっくり、自分の試したいことを試しながら、あーでもない、こーでもないとやってみている。こういうのも、楽しい。

夜、三条会の『S高原から』を見る。夏目漱石の『夢十夜』(読んだことはないんだけれど)の、見る見る間に1日1日と日が経っていって百年過ぎた――というのみたいに、どんどんどんどん移り変わっていく照明が、おもしろかった。そんな光の中で、いろんな立ち方、声の出し方、動き方の俳優達が入り交じって、「平田オリザの『S高原から』って、こういう話だよね。こういうことだよね? オレたちはこう思ったんだ。ねぇ、これ、どう思う?」とずっと観客に問いかけ続けながら、パワフルな世界を構築していった。


08/28/2005(日)
注意:平田オリザ作『砂と兵隊』および前田司郎作『S高原から』(平田オリザ原作)のネタバレがあります。

昼、『砂と兵隊』の通し稽古、夜、五反田団の『S高原から』初日を、見た。スナヘイは、半分はこの作品が原因、あと半分はこれで思い出させられた昔むかしに見たキリスト教の映画A Thief in the Nightが原因で、胃をつかまれてねじあげられたような気分になった。公演までまだまだ時間があるので、これからまだだいぶ変わっていくだろうと思うけれど、このいや〜な感じはなくならないといいと思う。A Thief in the Nightのいや〜な感じは恐怖の力で人を盲信に走らせようとするからきらいなんだけど、スナヘイのいや〜な感じは、もっと自分で考えなきゃダメだという気持ちになるので、イヤじゃない。

ニセエスは、原作のどこが前田司郎にとって違和感があったのか、という点がわかるような気がして、いろいろとおもしろかった。だれがだれにどう気を遣うかとか、どういう理由で退場するかとか。佐々木久恵のシーンがいちばん原作とちがっていて、前に通し稽古を見せてもらったときもここがいちばん好きだったんだけど、きょう見てもやっぱり私はこのシーンがいちばん印象に残った。サナトリウムに彼氏(村西)を訪ねてきた大島(佐々木の友人)は、実は「来年他の人と結婚する」ということを村西に告げに来たんだけど、言えなくて、佐々木が後から一人でやってきて、「実はこういうことなんです」と村西に話す、というシーンだ。さっきまで会ってたのになんで大島は直接言わなかったんだ、と怒る村西に対して、平田オリザの原作だと、佐々木は、会いに行く前大島は「言えたら言う」と言っていた、でも「会ったらやっぱりどうしても言えない」とさっき電話があった――と言う。前田版の佐々木の反応は、
「言えるわけないじゃないですか」
だ。直接言わなかったのが、大島がそういう人だから(平田)なのか、そんなこと(だれだって)言えるわけないから(前田)なのか。このちがいは、大きいと思う。


08/27/2005(土)

なにかお願いごとをしたときに、すごくちゃんと対応してくれる人のすごくちゃんとした対応の中に、ちゃんと対応できない他の人への批判というようなものの気配をかすかに感じることがある。ホカノヒトモワタシミタイニキチントタイオウスレバイイノニ。あぁでもそういう印象を受けるのは、多分に、私自身にもそういう傾向があるからなんだろうなあ。そういうふうに他人に対して批判的なのは、よくないよ。人のふり見てわがふり直せ。

カーテンが完成して2日間ほどぼーっとしていたが、きょう、次の布物プロジェクト始動(内容はまだ秘密)。


08/26/2005(金)

高島俊男のエッセイがおもしろく、とうとうフセンを付けながら読み始めた。覚えておきたいことが、いっぱいある。


08/25/2005(木)
注意:TNG Justice/神からの警告のネタバレがあります。

台風。雨の中歯医者に行く。以前、予約を入れていた日がすごい台風で、行ったら先生が来ていなかったことがあったので、
「きょうは先生いて、よかったです」
とご挨拶。左下の歯磨きがよくできていないと注意される。利き手の側はどうしてもね。よく気をつけてがんばります!

TNG Justice/神からの警告 (1, 8)をDVDで見る。エンタープライズのクルーたちが、休暇だ休暇だって喜んで、金髪のきれいなお兄さんお姉さんばかり住んでる楽園のような星に行くんだけど、当地の法律を知らなかったためにとんでもないことが起きる――というわりとお気楽で乱暴なエピソードだという記憶しかなかったんだけど、見直してみると思いのほか内容がしっかりしていて驚いた。住民たちが「神」と信じて恐れ敬っているものの存在だとか、「艦隊の誓い」(内政不干渉)が重要なポイントであったこととか、すっかり忘れていた……。ラストも、なんだか強引に我を通したように思っていたんだけど、そうではなく、双方納得のいく形で解決されていた。期待しないで見たせいもあると思うが、なかなかよいエピソードだったと思う。

「あなたがた(ピカードたち)は科学技術で私たちより進んでいるのだから、私たちの遅れた法律なんか無視して、その少年(ウェスリー。法律を犯して、死刑にされそうになっている)を力ずくで連れ帰ればいいではないか」と言う住民には、しかし後進だからという卑屈さはなく、誇りを持って対等に話をしている。立派。その一方、警察にあたる役割の人は、「法律をやぶれば、昔の無秩序な状態に戻ってしまう。そんなことはしないでくれ」と、これまたもっともな要求。第4シーズンのFirst Contact/ファーストコンタクトに通じるものを感じた。

また、このエピソードに出てくる、惑星上の生命体の進化を軌道上で監視する「神」というコンセプトが、後にヴォイジャーのcare taker(パイロットエピソードに出てくるすんごいパワフルな異星人)のヒントになったのかもしれないと思った。


08/24/2005(水)

春から時間のあるときに少しずつ作成していたパッチワークのカーテン(新しい稽古場用)が、ようやく完成。さっそく持っていって、設置。作品の出来がどうなのかということよりも、とにかくやっと終わった、よかったよかった、という感想しかわいてこなかった。ずーっと心の片隅で気にしてたからなぁ。よし、次行こう、次っ!


08/23/2005(火)

アメリカの高校で演劇の演出をする先生のための手引き書を、読んでみている。むかし留学してたアメリカの高校の雰囲気が思い出されて、なつかしい。オーディションの感じとか、スタッフの関わり方とか。学校生活のことも――そうそう時間割は1時間めはなに、2時間めはなに……ってなってて、1学期間月から金まで同じなんだよなーとか、スポーツの部活は「シーズン」に分かれてて、だから1年じゅう同じスポーツをやってるわけじゃないんだよねーとか。


08/22/2005(月)

歴史とかの話をしていて、いえの人が、キリストの言葉といって、
「右の頬を出されたら、左の頬を出せ」
と言ったけど、それじゃ頬よせあってしまうよ。


08/21/2005(日)

4枚送信します、と表紙にかかれた書類が、FAXで都合3回送られてきた。10枚めを受け取りつつある時点で、自動送信がなにかうまくいかなかったのだろうかと思い、連絡した(だって、同じ書類を延々と送り続けられたら困ります)。
「そちらの事務所で、わたしんちにFAXを送っている人がいますか」
「はい、送ってます」
「もう3回届いてるんですが……」
「送信記録をチェックするたびにちがう番号が出るので、変なところに送ってしまったかと思って送り直していました」
「とにかく、届いてますので、もう送らないでください」
自動送信ではなく、手動で何度も送っていたらしい。気が動転している様子。届いたか心配だったら電話で確認してみたらいいと思うのだけど、そこに気づかないくらい動揺していたということか?


08/20/2005(土)

首にアセモができた。寝室にしかエアコンがないので、いえが暑いのである。送風機をつけたり窓を開けて風を通したりはしているのだが。こまめに汗をふくようにしよう。先日買ったWE WILL ROCK YOUのタオルもあることだし。

ウェブサイトからウェブサイトへとネットサーフィン(っていまはもう言いませんね?)していて、ジャンケンの国際大会のページへ。ルールを見ると(Rule Governanceの項)、グーチョキパーしか出しちゃダメと書いてあって、認められない手として「spock」というのがあがっていた。これはやっぱりバルカンサリュート(下図)だろうな。


08/19/2005(金)

12時間近くぶっ続けで、アタマを使う仕事をした。こんなに集中して大丈夫なんだろうか。ま、大丈夫なんだろうと思う。とりあえず、今夜はよく眠れそう。


08/18/2005(木)

五反田団がきょうニセSの通し稽古をすると聞いて、見せてもらいに行く。早めに家を出るつもりだったのに『フロスト警部』に見入っていて遅れそうになる。80円安い経路は新宿での乗り換えが3分しかなくて、一か八かでトライしたら湘南新宿ラインに乗り損ね、今来た道を大急ぎで逆戻りして山手線に乗った。スイカにチャージしてあったら楽勝だったのに……。駅からも小走りで、はぁはぁ言いながら到着。人騒がせなお客さんだ。

三条会は元の台本通りの台詞で上演するんだけど、五反田団は台本を書き直してある。元のままの部分も混じっている。私は、以前自分でもやっているし、いま台本英訳(自体は他の翻訳者の方にお願いしたけど)関係でも『S高原から』づいているので、だいたいの台詞はなんとなく覚えているくらいの状態なんだけど、なるほどーこの部分をそう突き詰めたんだなー、おーここはカットかー、あーここの関係性がこんなふうにかわるのかー、と、とても面白く拝見した。

通しの終わったあと、同じ建物のちがう部屋で稽古中のポツドール組の稽古も、少しだけ見せていただいた。作り方も、できていくものも、またぜんぜん感じがちがう。当たり前だけど。4劇団の公演全部が、すごく楽しみである。


08/17/2005(水)

あいかわらず、変な時間に寝たり起きたりしている。完全に自分のペースで寝起きできるか、逆に毎日決まった時間に出掛ける仕事があるか、そのどちらかだったら日々の生活がうまく進むように思う。前者だったら、「やる気」のままに、気力の続く限り仕事を続け、寝るとなったらとことん寝られる。後者だったら眠くなる時間が決まってきて、機械的にメリハリがつく。いまはそのどちらでもなく、ちょこちょこちょこっと出掛ける用事があって、時間が分断される。分断されると、作業再開までにだらだらと無駄な時間が掛かってしまう。は〜。がんばれ、私!


08/16/2005(火)
注意:ミュージカル We Will Rock Youのネタバレがあります。

We Will Rock Youを見にいく。クィーンのファンなので。

ストーリーに合わせて歌詞は変更されているけれど、クィーンの楽曲が、次から次へと繰り広げられていく。自由な音楽の禁じられた未来社会の話なんだけど、禁止する側である「キラークィーン」の音楽もクィーンの曲なので、どうしてこれがよくて他のはダメなのさ、という気がしてしまうのが難だけど、まぁ、クィーンの音楽をフィーチャーするというのがこのミュージカルのテーマのようなものだから、それはそれでいいか。クィーンファンには魅力あふれる舞台であった。もうちょっと広く、ロックファンにとっても、充分楽しい作品だと思う。内容的にも昔のロックスター関連のことが出てくるし、しゃべる台詞の一部としてもクィーンその他の歌詞が使われていて、私はクィーンのしかわからなかったけど、モトネタを知ってれば、楽しめると思う。

ストーリーはホントに他愛のないもので、つっこみどころも満載だった(別に、それでいいんだと思う。クィーンの曲を楽しむためのミュージカルだから。)が、最後、立ち上がり手をたたき、We Will Rock Youを歌いながら、私はいきなり舞台に共感して泣きそうになっていた。いやー、音楽というのは、恐ろしいものである。理性とも感情とも別のところで、人の心をつかんでしまう。

しかし、クィーンと関係なく見にきた人(だって、クィーンファンだけで3カ月間コマ劇場をいっぱいにできるとは思えない)は、どういう感想を持つのだろうか。歌も演奏もすごいうまいから、楽しいは楽しいと思うんだけど、特にカーテンコールなんか、置いていかれたような気がするのではないだろうか。いままでずっと字幕が出ていたのに、字幕なしでボヘミアン・ラプソディーをまるまる1曲聞かされるし。

グッズをいろいろ売っていたが、どうしてもこれがほしい、というものはなかった。というか、「あのデザインで、色が黒なら買うのだが……」「これで値段が2/3だったら買うかも……」「もしただでくれるんだったら、もらってもいい」――という感じ。タオルを一枚だけ購入。


08/15/2005(月)

昼過ぎに実家を出る。夕方アゴラ着。打ち合わせの終わった友と飲む。大雨の中、帰宅。


08/14/2005(日)

きのう買った文庫本を読み始めるが、最近『お言葉ですが…』を読んでいるせいで、主語・述語の呼応のおかしいところとか、表現とか、いつも以上に細部が気になってしまう。

お盆で親戚の人が、きのうときょうと2人家に来たので、『子どものための劇作レッスン』を差し上げる。お金払うよ、というのをいえいえとお断りし、
「(そのかわり)興味のありそうな人とかに、ぜひ宣伝してください」
とお願いする。

きのうは朝早かった、というか実は前の晩結局寝ないまま出発してきた。それで夜9時過ぎにはもう寝てしまって、今朝も10時半まで寝ていた。で、今夜は眠れず、どんどんどんどん本を読む。


08/13/2005(土)

5時前に出発。お盆で帰省。車中、『お言葉ですが…』(高島俊男)の文庫本第4巻を読む。すごく面白い。たとえば、「子供、子ども、こども」という文章に、以下のように書いてある。以下、引用中の( )内は、松田による説明。

 子供の「供」はお供の供だからけしからん、の説を見た時は、こんな浅薄な連中といっしょになって「子ども」と書くのがイヤになった。
 ところが、ばかばかしい字源俗解(「子供」の「供」は、人と共にいる、の意である。子供は、人と共になければ生きていけない未熟な存在である)を根拠に<今こそコドモは「子供」と書かなくてはならないのである>なんぞとおごそかに言われると、こんどは「子供」と書くのも気がすすまなくなってきた。
 困ったね。今後は「こども」にいたしますか。

私は普段「子供」と書いているので、翻訳が出版されたとき「子ども」表記にしてくれと出版社のほうから言われてずいぶん抵抗があったけれど、高島先生の文章を読んで、もうそんなことにこだわるのはやめにしようかという気になった。

こんなのもあった。

(読者から来た手紙にある「西武百貨店」はわかるけれど)「ロフト館」というのはよくわからなかった。「ロフト」は辞書に、「屋根裏部屋、倉庫の最上階」とあるが、お手紙には「一階」とある。「特に一階など…」とあるところを見ると、二階も三階もあるらしい。あるいは普通名詞ではなく固有名詞なのかもしれない。

これが、1999年の週刊誌連載時に書かれたもの。後で単行本になったときに追加された「あとからひとこと」という欄に、ロフトの説明が出ている。これも、別の読者からの手紙でわかった内容だという。

売っている品物のリストを見ると、つまり荒物屋ですね。西武デパートの荒物部が独立して別に店をかまえたものを「ロフト館」と称しているのであるから、普通名詞ではない。辞書に出てないのも当然でありました。

ロフトは荒物屋!

10時前に実家着。午前中、ジャスコへ。大きなジャスコで、食料品の他に本も洋服も下着も靴も売っていて、行くと楽しいので、実家に帰るときはたいていジャスコに遊びにいく。きょうは、ブラウス1着、文庫本2冊買った。

夕食は、親のお金でおいしいしゃぶしゃぶ。


08/12/2005(金)

アゴラにて、モンキー・ロード『らくだ論』観劇。冒頭に出てくる坂口安吾『堕落論』の言葉が妙に聞き覚えがあると思ったら、すごい昔に、坂口安吾が舞台上にあらわれて『堕落論』の言葉をしゃべりまくる、というシーンのある演劇作品に出演したことがあったんだった――ということに思い至る。


08/11/2005(木)

「お盆で(for obon)帰省する」とメールで言ったら、「obon voyage」というタイトルで返事が来た。オヤジギャグは世界共通?

先日スーパーで半額で買ったタイカレーセット(スパイスミックス、ナンプラー、粉末ココナツミルク)で、タイ風カレーを作る。美味しくできたけど、私にはちょっとからかった。

きょうもだだちゃ豆を食べた。うまい!


08/10/2005(水)

アメリカの大学の先生(日本人)のインタビューを受ける。自分がどんな演劇人生を送ってきたか、1時間半にわたってしゃべる。

夜、三条会の稽古場へ。ニセS高原からの稽古を見せていただいた。たぶんこれからまだ稽古場でどんどん変わっていくんだと思う。本番が楽しみであると同時に、きょうのいまの時点での三条会ニセSを見られたというのは、貴重な体験だったと思う。

通販で買っただだちゃ豆を茹でて食べる。うまい!


08/09/2005(火)

私が出演した短編映画『進め!』黒澤明記念ショートフィルム・コンペティション04-05の予選を通過して、ノミネート作品(15本)となり、9月4日に有楽町マリオンで上映される(それが本選)ことになったそうだ。

ノミネート作品のリストをウェブ上で見ると「国籍・住所」の欄があって、「USA」とか「東京都」とかなんだけど、その中に「埼玉県三郷市」というのが1つあった。なんでこれだけこんなに詳細なんだろう?


08/08/2005(月)

暑いのはいやだけど、冷房ガンガンの店内も苦手である。ハンバーガー屋さんに行ったら、1階がドア開け放しで、風がすーすー通っていた。お、最近なかなかないよね、こういう感じ。いいんじゃないの? 適度に涼しく、楽しく食事。ところが、隣のテーブルに座った人がタバコを吸い出した。ま、別に禁煙席というわけではないので、文句を言うつもりも筋合いもないんだけど、ちょっと予想してなかったので、ちょっと楽しさが減った。そうだよね、こういう展開は、予測できたはずだよね……。次から、過度にがっかりしないようにしよう。

注文していた本がアマゾンから届く。来週帰省するときに読むべく、パッケージから出さずにそのままにしておく(包みを開けると、きっとすぐに読んでしまうから)。


08/07/2005(日)

親戚の子たちにあげる本を買いに書店へ。見てまわっていると、『縦に書け!―横書きが日本人を壊している』という本が目にとまる。日本語は縦書きするようにできている文字であるとか、はらいが、はねがとか言われると、「英語も日本語も右手で書きやすいようにできている文字である。私はそれを、自分の使いやすい左手で書いている。だから正しく美しい書き方自体が、私には不自然なんで、それを正しく美しくやるほうが、きっと私は壊れる。どうしろというのか!」という気持ちになり、なんだかいかりながら、一通りざっと読んでしまった。納得できないが、買ってしっかり読んでしっかり反論しようとまでは思わなかったので、買わず。

あげる本は、科学、料理、児童文学など6冊買った。帰宅してさっそく2冊読んでしまう。

そして夕方、近所の生協に買い物に行く。寿司コーナーに「ビビンバ巻き」というのがあった。ビビンバに入ってるようなナムルとか玉子焼きとかが具になってる海苔巻きなんだけど、このネーミング変だよね。カップヌードルが安い、と思って買ったら、よく見たらCOOP NOODLEだった。容器の形もロゴも、CUP NOODLEそっくり。久しぶりに来たんだけど、生協って面白いね。


08/06/2005(土)

通販のお米が届いた。今年に入ってからほとんど家でご飯を炊かなかったから、たぶん半年ぶりくらいに注文したと思う。こんなことでいいのか……。きょうの夕飯は、いえの人が、そのお米でパエリアを作ってくれた。久しぶりのパエリア、おいしかった。

お盆に帰省するので、新幹線のチケットを予約。家に居ながら予約できるのは便利だけど、えきねっとは、使うといつもいらいらする。こちらのやりたいことは、「長野新幹線で、○日の午前中に着くように長野に行きたい」というようなことなんだけど、なんという名前(たとえば、あさま)の何番(たとえば520号)の列車に乗りたいのかというのを入力しないと先に進めない。予約を確定する前に、受取場所はこれこれの場所になるがいいか?、受取時間はこれこれだがそれでいいか?と4つくらいの項目に同意(クリックしてチェックマークを入れる)しないといけない。そこまでして、最後の最後で、満席のため予約不成立とか言われちゃう。で、別の列車を選び直して、乗車駅や下車駅、「大人1人」、「禁煙席」、といちいち選び直し、受取時間やら受取場所はそれでいいですとチェックマークをまた新たに入れなきゃなんない。

どの列車を予約するか選択する前に、長野新幹線の一覧(あさま以外も含め)が出て、この列車は空席なし、とか、空席多い、少ない、禁煙席は満席、とか一覧で見れたら、ずいぶん使いやすいのになぁ。


08/05/2005(金)

知らない人からメールが来た。仮にAさんとしましょう。少し前に知り合い(Bさんとしときましょう)から私にある依頼が来て、メールでやりとりしていたんだけど、急に、当事者のAさんという人からメールが行きますよ、というようなことを言われて、そしてその方からメールが来たわけだけど、Bさんは、私のメールをそのままAさんに転送してたらしい。なんだか気分が沈んでしまった。メールというのは、送信者と受信者の間の、個人的な通信のはずである。同じグループ内(今回で言ったら、AさんとBさん)で情報を共有するため外部の人(私)からのメールを転送する――ということ自体は、私は、そんなうるさくヤイヤイ言うつもりはない。だけど、それはあくまで内輪で、便利なためにやることで、対外的におおっぴらにすることではないと思う。

Bさんが、「Aさんから直接連絡を取ってもらうので、あなたのメールアドレスを教えていいか」と一言事前に私に聞いてくれていたら、そしてAさんのメールが、「Bさんからお願いしていた件ですが」とか「Bさんからメールアドレスを教えていただきました」みたいに始まっていたら(実際は、「Bさんからメールを転送していただきました」と、そのことに関して何も問題に思っていないふうの書き出しだった)、こんな憂鬱な気持ちにはならないのだが。

気分が重い。そして、こういうやり方は私は嫌いです、ということを相手に言わない(だろうと思う)自分についても、くよくよと考えてしまう。くよくよ、くよくよ。


08/04/2005(木)

『自閉症だったわたしへ(3)』を先日来読んでいるが、どうも読みにくくてなかなか進まない。書かれていることが、具体的なのか抽象的なのか、よくわからない箇所がある。原語をカタカナにして、フリガナを振ってある部分が、なんだか雑な感じがする。(1)も(2)も、こうではなかったと思う。翻訳者がかわったわけではないようだが、とにかくこの本の日本語だけ印象がちがう。

『心理探偵フィッツ』に、ロバート・カーライルが出ているのを見た。もうやってられない、アイツ、殺したる、という気持ちが固まって、いきなり鏡の前で自分の髪をひげ剃りで(?)坊主にするシーンに度肝を抜かれた。そして、坊主頭のネオ・ナチの人たちが上半身裸でぐるぐる踊りまくっている集会もすごかった(カーライルはそこにはいない)。友だちのアメリカ人(金髪の白人)が、ヨーロッパ旅行中に思い立って坊主にしたら、ネオ・ナチっぽいからバーとかに入れてもらえなかった――と言っていたけど、確かにあんな人たちなんだったら、近くに寄りたくはないなぁ。


08/03/2005(水)

日本を離れる二人の人を送る会があり、日本を離れる人をちょっとジャポネスクにお送りしようと浴衣で出席。暑くないよう、苦しくないよう、ということを主に考えながら着たんだけど、なんだかすごくうまく着れて、ぜんぜん苦しくなかった上に7時間後に帰宅するまでまったく着崩れしなかった。こんな日も、あるんだなぁ。

薄墨色の地に白い線で瓢箪と藤の花が描かれているこの浴衣は、たぶんもう何十年も前に作られたもの。きょうは赤い帯を合わせた。


08/02/2005(火)

歯医者。1本仮歯を入れる。というか、前に入れていたのがいつのまにか取れてなくなってしまっていたのを、再度入れてもらった。近くに、いま使っている化粧品の直売店があり、聞きたいことがあったので、洗顔フォームを買いがてら寄る。お店の人が、
「わざわざおいでいただいて……」
と恐縮していた(主に通信販売)。

書店で佐野洋子の『コッコロから』が文庫になっているのを見つける。最後のところのあの誤植は直っているだろうか、と見てみると、なんだか登場人物の名前に見覚えがない。マコトと書いてあるこの人は、マサノリという名前ではなかったか? 幼なじみの子の名前(孔一)も、単行本ではちがっていたはず。どうして?

そして誤植は直っていた。単行本では「何かに書いてあった。遭難した猟師は、灯りを消す。真暗な海にやがて、ぼおっと明るいところが見えてくる。そこが港だって。」となっているところ。「猟師」部分が文庫本では「漁師」にかわっていた。やっぱりね。


08/01/2005(月)

夜明け頃まで起きていて、ゴミを出す。アマゾンから届いた『お言葉ですが……』3巻と5巻を読む。


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